高齢者と漢方

フレイルと漢方

漢方薬とは

高齢になるにつれ体に不具合が生じることが増え、そのたびに病院で処方される薬の種類も増えているという方は多いでしょう。フレイルの症状も、薬で治すことはできないのでしょうか。
ふだん医療機関で一般的に処方される薬の多くは西洋薬と言って、単一の有効成分で作られているものです。そのため細菌を殺す、血圧を下げるなど原因や症状でターゲットを絞り込んだ治療は得意ですが、加齢によって心身が衰えていくフレイルは、原因を絞り込むことはできない上に症状もさまざま。現代の薬だけでフレイルを解決するのではなく、他の選択肢もあったほうがよいでしょう。

そこで、現代の薬とは異なるしくみで症状を改善する「漢方薬」が注目されています。

漢方薬は中国が起源で、1つの処方は原則、複数の生薬(草木や動物、鉱物といった自然の原料)で構成されています。たとえば風邪薬としてよく知られている葛根湯には、葛根(植物のクズの根の部分)など7種類の生薬が配合された薬です。 現在日本で使われている漢方薬は、日本に伝わってきた中国の処方が、日本国内の風土や気候、日本人の体質やライフスタイルに合った医学に進化し、確立していったもの。漢方製剤は長い歴史の中で効果や安全性が確かめられた薬で、病院やクリニックなどの医療機関でも治療に使われ、一般の現代の薬と同じように健康保険も適用されています。

漢方薬は現代の化合物薬のように原因や症状を狙い撃ちする薬ではありません。体と心を一体として捉えて全体のバランスを整えること(心身一如)で、今注目されている考え方、レジリエンス(回復力)を誘導し、心と体の健康を回復していきます。
そのため、なんとなく疲れる、調子が悪いといった、なかなか評価がむずかしいフレイルの症状でも、漢方薬であれば改善に期待ができます。
また、漢方薬は、「未病」と呼ばれる病気の一歩手前の状態でも治療ができるという特徴があります。フレイルはまさに介護が必要になる前の「未病」の段階。漢方薬の得意分野でもあるのです。

漢方薬とは漢方薬とは

漢方薬が高齢者に適している理由

漢方薬は「高齢者に適した薬」とされ、フレイルという概念が出てくる前から高齢者に使われてきました。どのような点が高齢者向きなのでしょうか。

多様な症状に効果

漢方薬は原則、いくつかの生薬を組み合わせて作られているため、含まれている成分もさまざま。複数の成分が相互に関連し合って、単一成分の西洋薬にはない効果を生み出します。慢性的な病気や全身的な病気などの影響で症状が多様化、あるいは複雑化しているケースであっても漢方薬なら治療できることが多く、さまざまな症状を抱えている高齢者には大きな助けになります。

個人個人に合わせた処方が可能

漢方薬は組み合わせる生薬の種類や量によって、たくさんの処方があります。日本で承認されているものだけでも294処方(一般用漢方製剤)、そのうち148処方に医療保険が適用されています。その豊富なラインナップの中から一人ひとりの体質や症状、健康状態などに合った漢方薬を処方することができます。 高齢者は症状の現れ方や体力の個人差が大きいだけに、できるだけ自分の状態に合った薬を選ぶことが大事。漢方薬なら、そうしたオーダーメイドに近い治療を実現できるのです。

1剤で複数の症状を改善

漢方薬は、現代の薬のように1つの病気や症状にターゲットを絞って狙い撃ちするのではなく、全体のバランスを整え、心と体のレジリエンス(回復力)を誘導し、症状を改善していく薬です。つまりからだ全体がいい状態になるので、同時に複数の症状が治ってしまうということが少なくありません。「食欲を回復させる目的で漢方薬を飲んだら、肩こりも良くなったし、だるさもとれた」というように、一気に体調をよくすることができます。

副作用の問題

高齢者は複数の持病を抱えていることが多く、現代医学では病名に対して薬が投与されるため、持病が複数になれば薬の量も増えてしまいます。近年は、薬の種類が増えることによって副作用が発生しやすくなる「ポリファーマシー」が問題になり、日本老年医学会では、「80歳以上の高齢者に6種類以上の薬を投与すると、30%程度に副作用が現れることがある」と警鐘を鳴らしています。薬の種類が増えるほど管理も大変になり、飲み忘れや飲み間違いも増加します。
その点、様々な生薬から構成される漢方薬なら、1剤で多くの症状をカバーできるので、薬の種類が減って、ポリファーマシーを解決できる可能性があるのです。
そして、漢方薬は自然の生薬を原料にしているため、比較的副作用が少ないと言われています。しかし、漢方薬も薬である以上、副作用はゼロではありません。個々の体調、併用薬や既往歴なども処方の判断基準になりますので、自己判断での服用は避け、漢方に詳しい医師に相談して、自分に合った漢方薬を服用するようにしましょう。

副作用の問題副作用の問題
薬の数が増えるほど有害事象(副作用)が起こりやすくなったり、転倒の発生頻度が増えたりすることが明らかになっています。
出典:日本老年医学会「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」

高齢者のための漢方処方

高齢者の特徴を示す代表的な漢方の概念に、「腎虚(じんきょ)」があります。

腎虚

補腎剤:牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)、六味丸(ろくみがん)、八味地黄丸(はちみじおうがん)など

漢方における「腎」とは、いわゆる腎臓のことではありません。ヒトは両親から生命エネルギーを与えられて誕生します。その生命エネルギーを腎気とよびます。つまり、漢方における腎とは、ヒトの成長や生殖などに関わる生命エネルギーと泌尿・生殖器系の機能を指します。生命エネルギーは、年を重ねることで、徐々に減少し、腎虚とは、生命エネルギーが衰えた状態のことを指します。腎虚になれば、筋力が低下してつまずきやすくなり、骨も弱くなってちょっとしたことで骨折します。髪は薄くなり、肌は乾燥してカサカサに。脳機能も低下して物忘れがひどくなり、性欲は減退し、生殖機能も低下。尿道も弱くなって、尿失禁などを起こします。つまり腎虚はフレイルに近い状態と言っていいでしょう。
腎虚は、地黄(じおう)や山茱萸(さんしゅゆ)など生薬の作用で不足した腎を補う「補腎剤」を使って改善します。代表的な補腎剤には、牛車腎気丸や六味丸、八味地黄丸があります。
さらに漢方では、年をとると、腎虚の症状に、気虚や血虚、脾虚が加わり、様々な症状が出現します。

腎虚

気虚

補中益気湯(ほちゅうえっきとう)

「気虚」や「血虚」は個人個人の状態を診断する漢方の考え方です。疲れやすく、胃腸が弱くて下痢をしやすいという人は、気虚と考えられます。フレイルでよく見られる少食でやせている高齢者は、まさに気虚と言えるでしょう。気虚の人に適しているのは、不足したものを補う作用をもつ「補剤」というカテゴリーの漢方薬。代表的な補剤には補中益気湯があります。補中益気湯は、倦怠感や食欲不振などの症状がある際に、弱った消化吸収機能を立て直すことで全身状態を改善させていきます。

気虚に血虚

人参養栄湯(にんじんようえいとう)、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)

気虚に血虚が加わった人に使用されるのが、人参養栄湯、十全大補湯があります。血虚とは、加齢によるホルモンの低下や栄養状態の悪化による冷えや肌の乾燥などの症状を指します。フレイルに最も使われているのが人参養栄湯です。人参養栄湯は人参(にんじん)と黄耆(おうぎ)をメインに全12種類の生薬で構成され、食欲不振や疲労倦怠、寝汗、手足の冷え、貧血、病後の体力低下などに効果がある薬です。

脾虚

六君子湯(りっくんしとう)、大建中湯(だいけんちゅうとう)など

気虚で食欲がない、胃もたれしているなど、上部消化管の不調が強い人は脾虚と考えられ、六君子湯を使います。腹部膨満感や便秘など下部消化管の症状が目立つ場合は、大建中湯が使われます。

腎虚

基本は養生、上手に漢方を利用して

漢方薬というと生薬をお湯で煮出す煎じ薬のイメージがあるかもしれませんが、現在はほとんどが「エキス剤」と言われる粉薬のような剤型になり、簡便で飲みやすくなっています。でも「漢方薬さえ飲んでいれば大丈夫」「フレイルになることはない」などと考えていませんか。
実は漢方医学では薬と同様に「養生」も重視しています。養生とは生活習慣を整えて健康的な生活を送ること。日本人はなにかと薬に頼りがちですが、バランスのいい食事、適度な運動、人とふれあって心地よい生活を送ることこそが長寿の一番の秘訣であり、そのきっかけを作ったり、それを後押したりする役割が漢方薬と言えるでしょう。
たとえば食欲がない、疲れやすいといったフレイルの症状が出ていたら、漢方薬を飲んでみる。少し食欲が出て元気になってきたらバランスの良い食事を3食しっかり摂るようにしたり、歩いて人と交流できる場に出かけて、話をする――というように、前述のフレイル予防3原則を意識した生活習慣をつねに心がけることが大切。
初めて漢方薬を試してみようと考えている人も、継続して服用している人も、処方はその時の個々の体調によって変わることがあります。専門の医師や薬剤師に相談して、服用するとよいでしょう。
バランスのいい食事、適度な運動、周囲との心地よい関係を続け、漢方薬も上手に活用しながら健康寿命を延ばしましょう。

基本は養生、上手に漢方を利用して

医療用漢方製剤はお近くの医療機関で処方してもらうこともできます。
ご自身の症状で気になることがありましたら、一度かかりつけ医にご相談ください。
(すべての医師が漢方独自の診療方法を行うとは限りません。一般的な診療だけで終える場合もあります。)

監修医師

萩原 圭祐先生

大阪大学大学院医学系研究科 先進融合医学共同研究講座 特任教授

※2022年当時の情報となります

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